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  • 廣田 恵

健康ってどんなもの?

更新日:2023年2月18日


 今年もノースポールの花が満開にさいています。治療院の前の北向きの庭もパッと明るくなりました。たくさんの花が咲き誇っている様を見ると、私の中で「健康」の概念が変わったある出来事を思い出します。

 それは10数年前、私が内弟子として師匠の鍼灸院で働いたときのこと。忙しく始まる朝の作業で一番好きだったのが、治療院に花を飾ることでした。

 その日は玄関先にあるプランターのノースポールが満開で、その中から一輪だけ切ってきて、花瓶に活けるつもりでした。さっそく、花ばさみを持ってきて、適当な一輪を探して切りました。切った花をよく見ると、葉っぱの一部が黄色くなっていました。一輪挿しには葉っぱもきれいなものを飾りたいと思い、その花を脇に置いて、横にあるきれいな葉っぱのお花を切りました、しかし、よく見るとこの花は花首が歪んでいて、すこし形が良くありません。もっといいものを探しました。そして、これだ!と思う一本を切ってみると、花ひらが花粉で汚れていました。これだけ花があるのだから、完璧な姿の花があるはず…。何百と咲いている花の中から、たった一本でいいから、ちゃんとした普通の花を探したい。そんな気持ちで時間の許す限り探したのですが、とうとう一本も見つけられませんでした。どの花にも、欠けや歪み、変色や衰えがあり、どれも瑕疵がありました。「ちゃんとした普通の」花が一本もありませんでした。私は満開の花が咲くプランターの前で呆然としてしまいました。その時のことを今でも覚えています。これだけの花の中で、完璧な姿をしたものは一本も無いということに納得するのに時間がかかりました。

 「完璧は花は無い」…このことは納得しました。じゃあ、人は?人に置き換えて考えると、もしかしたら、完璧に健康は人もいないのでは?そんな考えが頭に過りました。わかっているようでわかっていなかったこと。知っていたのに腑に落ちてはいなかったことが、ストンと腹の中に落ちた思いでした。完璧に健康な人などいないのです。

 人は、「完璧な健康」を求めます。ですが、完璧をもとめて、自分が欠けている部分を嘆くのは意味のないことですね。プランターの花が太陽をめざして伸びるように、今の自分を認めて、正しく「健康」の方向に自分を進めていけばいいのではないのでしょうか。その姿が美しく、健やかなのかもしれません。庭のノースポールがそんなことを思い出させてくれました。

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